空と海と山と川と。のびやかに淡々と美しいものが溢れる世界。その片隅の、つぶやき。
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梅雨入りし、梅雨明けした、こちら南国(笑)

気がつけば、蝉時雨がわしわしわしと^^;
日が長くなり、七時を過ぎてもまだ空は明るく、小さな羽虫が飛ぶようになった。
大きな羽虫も(昨日は黄ヤンマを見かけた)

蝉時雨を抜けて、ヒグラシが鳴く。
かなかなととびぬけるその声はまだ甲高くか細い(笑)

私事ながら、10月に試験があり、それへの準備を進めていまして。
そうキャパシティのあるほうではないので、ここは試験勉強のメモ代わりになる可能性あり。

もうね、好き勝手にする予定であります。

ぷぷ。





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【2009/07/13 23:04】 | 雑感
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お久しぶりです。

おお、ほしのも10月に試験なのですね!

こちらは1月に受験予定です。
その後どうしたものか・・・思案中であります。

それにしても、暑くなりましたね。
お互い、自分のペースでぼちぼちいきましょう。


ほしの
あ。

雅さんだぁ^^

こんな雛里にまでおいでいただき、恐縮であります。

毎日じりじりと勉強してる(つもり)なのですが、どんどん忘れていくので、ワタクシの海馬はきっとザルでできているのだと思います(涙)

雅さんは一月ですか。
なに、終わったら次のお山が見えてきたりしますから。

雅さんの受験時は寒い時期ですので、体調第一になさってくださいませよ。

お互い来年にはにっこりしてたいものですねぃ。

・・・はぁ。

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八月に入ると、日が短くなる。
夜明けが少し遅くなって、夕方が少し短くなる。
藍色の夜空に、乱れ雲が白く浮かぶようになる。

夢で見るような、美しい月を見ていたのは去年の今ごろだ。
宵闇の中で透明な深い藍色の海の上に浮かぶ月を、去年は何度も何度も見た。
薄く淡い悲しみには、その景色が似合うように思った。

海辺に暮らす人の家は、みなよく似ている。

その人が暮らした、海沿いの小さな家。
家の前のささやかな畑からは、夜の海が見える、その上に広がる夜空も。
水が清んだ入り江の、寄せては返す波の小さな音を聴きながら。

死は、安らぎだろうか。
家族と暮らし、それから一人で暮らしたこの家に、魂は来ているのだろうか。

空も、月も、海も、島も、入り江も。
ざわざわと木々を鳴らす風も、照らされて白く光る夜の雲も。

海に、月の光で道ができる。
まるで、夢のように美しく・・・・・

【2008/08/09 01:23】 | 雑感
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夏見
死はやすらぎかな
なんもかんも、苦しかったこともわすれて。


ほしの
そうであってほしいと、思ってます。

自分の生の最後の最後には、「ああ、よかった」と。
そう思いたいです。


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あらま。

いつの間にか八月じゃ。
コメント書いてくれとるお方もおらるんのに、ごめんなさい。

昔、うちが子供の頃に住んでおったところは、畑と田んぼが多くてな。
ご近所のおばちゃんが、「もいでいきんさい」と、声をかけてくれることがよくあった。

夏休みの朝、竹篭をもっておばちゃんの畑に行く。
トマトに茄子に胡瓜に南瓜^^
商売ものにする野菜は、もう収穫しておってな。
その取り残しを頂くのじゃった。

朝じゃけんが、もう暑ぃ。
「脳が悪ぅなるけ」と、おばちゃんが、タオルを頭からかぶせてくるる。
その端を後ろ頭で結ぶ。
小さなおばさんのできあがり(笑)
茄子のヘタには刺があって痛い。胡瓜はいぼが針のようにとがってて痛い。南瓜は重い(笑)
ちゅうことで、子供はトマト担当。

トマトは大きく、畝の間に入ると風が途絶える。
渇いた土の匂い、青い葉の匂い、もぎ取るトマトの匂い。
そして、汗ぼたぼたの自分。
さて、三十分ももったじゃろうか。

食べきれんほどはとらん。
・・・つもりじゃけんど、ついつい夢中になるんな。

重くなった竹篭を引きずるようにして帰ると、外の水道でトマトを洗った。
水は煮えて熱く、すぐに冷えた。
縁側に祖母が塩を持ってきてくれる。
まだ日陰の縁側で、トマトを食べた。

子供の頃は、野菜は冷やさんかった。
特に祖母は、お腹を壊すからと冷たいものを食べるのを嫌った。
「そんなもん食べようと、セキリになる」とよく言っていた。
セキリがどんな病気か、知らんかったけど。

トマトは美味しかった。
実が詰まって、酸味と旨みと青い匂いと。
まだ小さな兄弟たちと、一緒に食べた。

夏の、味がした。


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【2008/08/03 19:14】 | 雑感
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聞く度に、ちょっと嫌になる言葉がある。
数年前から耳にするようになったその言葉は、今では某○H○のアナウンサーが使っているから、すでに生活に溶け込んで、違和感を覚える私の方がオカシイのかもしれないけれど。
その言葉は、「やられる」

「その仕事をずっとやられていたのですね」
「なにをやられていたんですか?」
というふうに、使われている。
「ずっとなさっていたのですね」「なさっていたんですか?」が、正しい言葉使いだと私は思うのだけど、如何?

「やる」を丁寧に言おうとして「やられる」になったのかなぁ?
「やる」とは何かをすること。
その意味の「為す」を丁寧に言えばいいのだから、「為される」「為さる」でいいのじゃないかしらん。
「やる」というのはちょっと乱暴な、所謂「男言葉」(これ、差別用語?)だからと、私らは目上と話すときには、「~なさる」を使うようにと教えられた。
というか、私の読む本ではそうだった。
今でも、本の中では「やられる」という言葉は使われてないのではないかしらん。
(殺された、とか、喧嘩に負けたとかいう意味では使われているだろうけど)

今でも、この言葉を(きちんと教育を受けたであろう)アナウンサーが言うたびに、憮然と、「なさる!」と呟くワタクシ。

・・・これ、トシのせいかしら???


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【2008/05/15 00:09】 | 雑感
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夏見
「なさってる。」とか、「されておられます。」なら、違和感ないですかね。
「やっておられます。」かー。うーん。
ちょっとくだけた感じで使われているのでしょうか。
ちなみにワタシは、イントネーションがすべて尻あがりになってるのが、許せません。


ほしの
私も気になります、それ(笑)
「~じゃないですかぁ?」と、同意を求めるでなく次々繰り出されると、うーん・・・って感じになるですよ。

・・・自分が気になるだけ、なんですけど。
なんで気になるかって考えた方が面白いかもしれませんね^^

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一ヶ月以上書き込みをしなかったら、スポンサーサイトの広告がでるんね。
これって変わるんじゃな、4月中は、「スコップ」(ちょっと特殊な大きなスコップ)の広告じゃった。
ここ、見に行ってみたん(←そんな時間があったら書き込みしろ)いろいろスコップみて楽しかったんよ(←だから書け)

ということで(?)一ヶ月以上も書き込みしちょらんかった。
気がつけば桜は散り、団栗の花が咲いておる。おろろ。
ここらの山はあまり高くない。
杉は少なく、ほとんどが落葉樹で団栗の木が多いけん、今時期は団栗の花で山が金色に盛り上がる。

低ぅても山は山じゃ、大きい。
特に今の山は、大きく迫ってくるように感じるん。

海から風がきて山をこする、街中を団栗の花の匂いで満たす。
青臭いその匂いが、うちは嫌いじゃねぇんな。
ああ、夏がくるっち思うん。

昼間はもう夏の日差しじゃ。
つややかな若葉が光を弾いて眩しい。
目が疲るるんな。

空の色が濃くなって、黒を含むようになったら夏じゃ。
今年はどんな夏になるじゃろうか。

・・・あ。
大丈夫、夏までにはちゃんと更新するけんな。
(たぶん^^;)


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【2008/05/01 23:40】 | 雑感
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夏見
シャガの花もさいてます。竹が枯れててちょっと心配。今年も不作?


ほしの
いずれアヤメかカキツバタ(笑)
シャガは花が洒落た感じがして好きです。
そちらでは竹が枯れているんですか?
こちらは今のところ大丈夫みたい。
あまり酷い不作にならなければいいなぁ・・・。

いつもご来訪ありがとうございます。
レスポンスが遅れて申し訳ございません(ぺこり)


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